好きなことを仕事にしなくてもいい

私には、幼少のころからずいぶんオトナになった現在に至るまでずっと、答えに窮する質問があります。

それは、

「(大きくなったら)何になるの?」

という、オトナが小さな子に聞く常套句、そして就職活動中には就職課の人や面接官に確実に質問される、そしてその場合は間髪入れずに淀みなく答えねばならない、人生において基本中の基本の質問です。

オトナは何気なく聞いてくるだけだし、就職活動では当たり前のように聞かれるのに、答えられない。

今回は、やりたいことが本当にわからなくて、ずっと迷い続けた私の日々と、最終的に下した決断についてのお話です。

 

 

やりたいことを聞かれて困った最初の記憶

私が初めて「大きくなったら何になりたいですか?」と聞かれて困ったのは、幼稚園のとき。

私が通っていた幼稚園では、月に一度お誕生会が開かれていました。

その月にお誕生日を迎える子どもたちが壇上で、先生、園児、保護者の方々の前で自分の名前と将来の夢を発表し、お誕生日プレゼントをもらうという行事でした。

私は、この行事をずっと楽しみにしていました。

「プレゼント、何がもらえるんだろう?」

と。(結局そこですよ!)

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skeezeによるPixabayからの画像

そして、幼い私は考えました。

「プレゼントをもらうからには、先生からの質問にきちんと答えなければならない」

と。

毎月の行事を観察した私は、あることに気がつきました。

「実は、みんなあまり真剣に考えていないのでは?」

最初の子が言った答えと同じものが続くことが多かったのです。

例えば誰かが、

「ケーキ屋さん」

と答えると、しばらくケーキ屋さんブームが起き、

「幼稚園の先生」

と一石を投じる子が出たとしても、またしても幼稚園の先生が続いてしまう。

「前の子のマネだけは避けよう」

と心に決めた私は、いざ誕生月の自分の番になったときに、

「お花屋さん」

と答えたのでした。

隣の子とそのあと数人にマネされたのが悔しくて、あとでひとりでひっそり泣いたのですが、「とにかく私はオリジナリティのある回答をした」と思ったことを覚えています。

別に本当にお花屋さんになりたかったわけではありません。

お花屋さんという響きがかわいらしかったから言っただけです。

 

オトナたちをバカにしていた子ども時代

幼いころ、出会ったオトナたちは確実に「大きくなったら何になりたいの?」と聞いてきました。

子どもとの会話のお約束のようなもので、その質問に深い意味はないということは、今となってはわかるのですが、当時は、「どうしてオトナはいつも、同じ質問をするのだろう?」と不思議に思いつつ、「またこの質問か」と心の中でオトナをバカにしていました。

うんざりして答えたくなかった上に、本当にわからなかったので、お誕生会以外では「わからない」を連発していた私。答えたところで別に何ももらえないし。

お誕生会でプレゼントをもらうためなら、あんなに真剣に取り組んだのに…(そこまでがんばらなくても、確実にプレゼントはもらえたのですが)

わかりやすい子!

 

そのまま成長して苦労するはめに

そのまま成長して、いざ仕事を決めるときになっても、自分のしたいことがわからない。何を求めて就職活動をすればよいのだろう?

結局、仕事に就くことはできたけれど、そしていくつかの仕事を経験したけれど、どれもなんとなく違うような気がしながら年月は過ぎてゆくばかり。

幼いころから何十年、考えても考えてもわからなかったことは、結局わからないままでした。

近ごろよく聞く、「好きなことを仕事に!」というコトバからは、プレッシャーしか感じず。

だって、本当にわからないのですから。

 

何をしたいかわからないけれど

そこで、発想の転換をしてみることに。

これまで迷いに迷って、悩みに悩みぬいてもわからなかったことは、今までと同じように迷い続けて、悩み続けたとしても、きっとこれからもわからない。

わからないことにこだわるのはやめて、実際にわかっていることを活かしてみては?

好きなことがわからないのなら、自分の得意なこと、かつ苦にならないことはなんだろう?

じょうずにできるけれど自分が楽しくないことはだめ。

余計な労力を使わずに、取り組めるのはどんなこと?

 

好きなことを仕事にしなくてもいい

私は黙々と作業するのが得意で、苦になりません。

ものすごく好きなわけではないけれど、ストレスなく毎日続けられることです。

そして、文章を書くことが好きなことに気がついたので、このブログを始めたり、ライターの仕事をしてみたりしました。

私にとってブログを書くことはとても楽しく、いくらでもできるような気がします。

しかし、クライアントの意向を汲みながら文章を書いて報酬を得るライターは、あまり向いていないようでした。

そこで私は決断しました。

ブログなど、自分のコトバで自由に文章を書くという好きなことは趣味で、そして特別好きではないものの得意でストレスなくできることは仕事で、それぞれ活かしてゆこうと。

 

迷ったらその都度決める

これからの人生、好きなことも得意なことも変化し続け、やってみたいと思うことを新たに思いついたり、いつかはいやになったり、するのだろう。

そのたびに、迷い、決断しながら進んでゆけばいいのだ。

そのことに気がついたら、私の新たな人生がパーッと開けたような気がしました。

自分が納得できるよう、いろんなことを決断して生きてゆこう。

誰かがどこかで言っていたことや他人に言われたことに惑わされず、自分の思うままに。

やりたいことがわからなくても、いいじゃないか!

好きなことを仕事にしなくてもいい。

ほかの人から見てどんなにおかしなことでも、自分がよし!と思うことをやってみよう。

と、ようやく決断できました。

そうすることによって、もしかしたらいつのまにか好きなことを仕事にすることができる日が来るかもしれないし。

人生は、迷いと決断の日々で、それは決して悪いことではありません。 

執着しないで楽しく生きる。

仕事で好きなことをしないのならば、なるべく心身を消耗しないように軽やかに働いて、それ以外の時間をさらにご機嫌にする。 

これが、長年ずっと迷い続けた私の決断です。