投票所で出あった若者たちと飴ちゃん

選挙の投票へ行ってまいりました。

投票所へ行ったところ、いつもよりもなんだか人が多いもよう。

なぜか、制服に身を包んだ近所にある中学高校の生徒たちがたくさんいました。

不思議に思いつつ投票して外に出ると、その中高生のうちの一人の女子生徒に話しかけられました。

今回は、私が投票所で出あった若者たちのお話です。

 

 

中高生の出口調査

鉛筆と用紙が挟んであるボードを手に、

「〇〇中学高校の者です。出口調査にご協力いただけないでしょうか?」

と、私に話しかけてきた彼女。

「ええ、いいですよ」

私はなるべく感じのよいオトナに見えるようににこやかに彼女からボードを受け取り、投票所の出入り口付近の隅に移動し、アンケート用紙のように見える出口調査票の記入をしました。

記入しながら周囲を見回すと、授業の一環なのか、部活動なのか、生徒たちがボードを持って、投票所から出てくる人たちに一生懸命声をかけていました。

私は以前、投票所の出入り口で、NHKの腕章を付けた出口調査の方をお見かけしたことがあります。

「帰りに声を掛けられたら、どうしよう?」ドキドキしながら投票を終えて外に出ると、その出口調査の人は、もういらっしゃいませんでした…

そんな経緯もあり、私の人生初の出口調査は、地元の中高生によるものとなりました。

 

出口調査用紙の内容

私が記入した出口調査用紙は、すべて簡単に回答することができました。

性別、年代、投票した政党に〇印をし、支持する政党の順番に番号をつけ、表にまとめられた政策を、それぞれ強弱をつけた賛成反対に〇をつける、というもの。

私がよく頼ってしまう、「どちらともいえない」の欄は存在せず、あくまで賛成か反対か。

政策は、消費税や安全保障の問題、日本の対外政策や日々の暮らしについてなど、多岐にわたり、回答しながらずいぶんと考えさせるものでした。

はじめは一生懸命がんばっている子どもたちのために引き受けた出口調査でしたが、回答を進めるうちにいつしか自分への問いかけに没頭していました。

「私はこれから先、どのように生きてゆきたいのか?日本をどんな国にしたいのか?どうすればできるだけ多くの人が幸福感と満足感を得ることができるのか?」

選挙は、立候補する人たちだけのものではありません。

もっと言えば、投票権がある人たちのものだけではないのです。

これから投票権を得る人たちにとっても、大切なものなのだということを、出口調査をしていた中高生たちから学んだのでした。

 

記念の飴

記入が終わり、近くにいた女子生徒に声をかけると、お礼を言ってくれました。

そして、

「よかったら、飴ちゃんどうぞ」

記入用紙のボードには、飴も一緒に挟まれていたのでした。

「ありがとう」

私は笑顔で受け取り、楽しい気分で帰ることができました。

「高校生が飴ちゃんて言った!」

という事実がなぜか私の笑いのツボに入り、おかしくてたまらなくなってしまったのでした。

(私は関東地方在住で、「飴ちゃん」というコトバは関西のマダムたちの専売特許だと認識していたので、思いがけずかわいらしい女子生徒からそれを聞いたのが、そのときはおかしかったのだと思われる)

本当は、記入済みのボードを返しながら応援や励ましを伝えたかったのに…

でも、できる限り感じの良さを演出してやりとりし、真面目に考えた答えを記入した時点で、それは伝わったかな?

と、思うことにします。

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記念の飴ちゃん。大切にいただきます。

 

一生懸命な若者の存在

飴を握りしめて歩いていたら、先生と思しき男性が生徒に、「どう?」と聞いているのが耳に入りました。

「こんなに集まりました!思ったよりもずっと多いです」という生徒の声も。

よかったね、といい気分になって帰りました。

子どもたちの教育のために、とか、彼らの将来のために、と思って応じた出口調査でしたが、最終的には自分のためになりました。

一生懸命な若者を見ると、私はつい応援したくなってしまうのですが、そういう私の行為は結局のところ、自分のためになっているのだな、と。

今回の出口調査だけではなく、その中学高校の生徒たちは、駅前で募金活動をしていたりするのですが、「えらいね、がんばってね」という気持ちで私は積極的に参加するようにしています。

そのときは、目の前にいる一生懸命な若者たちのため、としか思っていなかったけれど、よくよく考えてみれば、少しでも世の中に貢献しようとした、という、自分の行為を再確認することができたのです。

結局は自分のためになっていたのだな、と今回の出口調査で気がつきました。

猛スピードで進む少子高齢化社会の現代日本において、もはや貴重な存在の若者たちを、周囲のオトナたちがサポートしないでどうする!の、気持ちを忘れずにいようと思った、選挙の日でした。